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東京地方裁判所 昭和47年(行ウ)9号 判決

東京都新宿区若葉一丁目二二番

原告

山内一郎

右訴訟代理人弁護士

花岡敬明

雪下伸松

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

福田一

右訴訟代理人弁護士

国吉良雄

右指定代理人

篠田学

飯久保英夫

石原詩弘

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告の被告に対する昭和四一年分の所得税一二、〇二五、一〇〇円の債務は存在しないことを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告の答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

(請求原因)

一  原告の昭和四一年分の所得税に係る確定申告、これに対する麹町税務署長の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(以下両処分を単に本件更正処分という。)、原告の審査請求及びこれに対する東京国税局長の裁決は別紙一のとおりである。

二  しかしながら右税務署長のなした本件更正処分には、別紙二記載の土地(以下本件土地という。)に係る譲渡所得の譲渡収入全額から控除すべき取得費(取得代価、支払利息、立退料)について以下のとおり重大明白な瑕疵が存するので無効であり、従って原告の被告に対する昭和四一年分の所得税一二、〇二五、一〇〇円の債務は存在しない。

1 原告の昭和四一年分の総所得金額の計算根拠は別紙三、本件土地の譲渡所得金額の計算根拠は別紙四、譲渡収入金額から控除すべき取得費の明細は別紙五の各原告主張欄記載のとおりである。

2 本件土地の取得代価について

(一) 本件土地は、昭和三六年一月三一日原告が株式会社井尻歯科商社(以下井尻歯科という。)から左のとおりの経緯で取得したものである。

原告は、井尻歯科の取締役または監査役であったが、昭和三三年一一月一一日井尻歯科は、債務超過を原因として解散した。

ところで井尻歯科は、殆んど唯一の財産として別紙二記載の土地建物(以下本件土地建物という。)を所有し、同会社の負担していた債務を担保するため、右土地建物上に別紙六のとおりの抵当権ないし根抵当権(被担保債権極度額九〇、〇〇〇、〇〇〇円)を設定していた。

原告は、井尻歯科の債務につき、保証ないし連帯保証契約を締結していたため、債権者から弁済を迫られたので、原告と同会社との間において、次のとおりの約定を結んだ。

(イ) 原告は別紙六の〈1〉ないし〈5〉の債務(本件土地建物の負担する抵当債務及び国税債務)を引受ける。

(ロ) 右以外の債権者(いわゆる高利貸等)に対する債務八〇、〇〇〇、〇〇〇円を引受ける。

(ハ) 建物賃借入等に対する立退料その他の費用は、原告において負担する。

(ニ) 右債務引受に基づいて支出した弁済額が、九〇、〇〇〇、〇〇〇円を超えても井尻歯科に対して求償権を行使しない。

(ホ) 原告は、井尻歯科所有の本件土地建物を譲受ける。

次いで、原告は、別紙六記載の債権者に対して同支払額欄記載のとおり合計二九、八八一、二八七円の内入弁済をした段階で各抵当権等の抹消を受けた後、昭和三六年二月七日井尻歯科から所有権移転登記を経由した。

(二) 以上の経緯に照らすならば、本件土地の取得代価は、原告の引受けた債務の合計額と解すべきであり、右金額は九〇、〇〇〇、〇〇〇円を下らない。

たしかに、担保権者等は、前記内入弁済を受領した後に、事実上債権の残額を放棄したが、これらの放棄によって受けた原告の利益は、一時所得を構成するというべきである。

しかしながら、麹町税務署長のなした本件更正処分は、本件土地の取得価額は、原告が担保権者等に現実に支払った二九、八八一、二八七円であるとしている点において、重大且つ明白な瑕疵が存する。

3 立退料について

(一) 原告は、本件土地上の建物を取毀し、右跡地に駐車場に使用するための建物建築を計画し、占有者らを退去させて本件建物を取毀したが、後日、右計画を変更し、昭和三八年三月から昭和四一年三月まで本件土地を更地のままで駐車場として使用し、同年三月三一日共同施設株式会社に対して、一一〇、〇〇〇、〇〇〇円で売却した。

ところで原告が昭和三八年に本件建物から占有者らを退去させるために支出した立退料は、合計一四、四五〇、〇〇〇円(菊川きく一、〇五〇、〇〇〇円、関口稔一、四〇〇、〇〇〇円、菱美建設株式会社七、〇〇〇、〇〇〇円、日刊テレビ株式会社五、〇〇〇、〇〇〇円)である。

しかしながら本件更正処分(裁決により一部取消後のもの)は、本件建物の取毀のための立退料として菊川きく及び関口稔に対する支払額二、四五〇、〇〇〇円のみ認め、菱美建設及び日刊テレビに対する支払額を認めていない点において、重大且つ明白な瑕疵が存する。

(二) のみならず麹町税務署長の、昭和四〇年一一月二七日付原告の昭和三九年分の所得税に係る更正処分は、右立退料の各支払があったことを前提としてなされているところ、一旦支払の事実を認めていたにも拘わらず、後日明渡に関する資料が散逸してから、証明資料がないとして否認するのは、社会通念上著しく信義に反するものであって許されない。

4 支払利息について

原告は、昭和三六年一月三一日朝日土地建物株式会社より五〇、〇〇〇、〇〇〇円を日歩三銭の利率で借入れ、その全額を井尻歯科の債務の支払及び本件土地建物の登記費用等にあてた。

従って本件土地の譲渡収入から控除すべき支払利息は、右借入金に対する昭和三六年一月三一日(借入の日)から昭和三八年三月一〇日(駐車場賃貸業開業の日)までの期間(七六九日)に対応する金額である一一、五三五、〇〇〇円となる。

しかしながら本件更正処分は右借入金のうち本件土地を取得するために支出した金額を二四、一六〇、四六五円のみに限るものとし(本件裁決において認めた。)、残余の金額を否認し、従って控除すべき支払利息は、前記金額二四、一六〇、四六五円の期間七六九日に対応する利息五、五七三、七一二円のみ是認したものであるが、右処分には重大且つ明白な瑕疵が存する。

(請求原因に対する認否)

一  請求原因一の事実は認める。

二  同二の事実は争う。

1 原告の昭和四一年分の総所得金額(裁決によって一部取消後の金額)の計算根拠は別紙三、本件土地の譲渡所得金額の計算根拠は別紙四、譲渡収入から控除すべき取得費の明細は別紙五の各被告主張欄記載のとおりである。

2 本件土地の取得代価について

請求原因二2(一)の事実中、原告が井尻歯科の監査役であったこと、同会社が昭和三三年一一月一一日解散したこと、同会社が別紙六のとおり債務を負担し、本件土地建物に抵当権等を設定していたこと、原告が同別紙支払額欄記載のとおり代位弁済をしたこと、原告が昭和三六年一月三一日本件土地建物の所有権を取得したことは認め、その余の事実は知らない。

同二2(二)の事実は争う。

本件土地の取得代価として譲渡収入から控除されるべき金額は、原告が本件土地建物を取得するために担保権者及び国に対して弁済した合計金額である二九、八八一、二八七円である。

即ち、原告は、本件土地建物を取得するにあたり、担保権者等に抵当権等の抹消を求め、交渉の結果本件土地建物の時価にみあう二九、八一九、五五七円(前記二九、八八一、二八七円から国税債権六一、七三〇円を控除した金額)を支払い、抵当権等の抹消を受けて、本件土地建物を取得した。

仮に原告が、右金額を超えて井尻歯科のために弁済したとしても、右弁済は、本件土地建物の取得とは何の関連もなく、原告と井尻歯科との人的な関係または保証契約若くは連帯保証契約に基づいて支払ったものにすぎず、到底本件土地建物の取得費と解することはできないのみならず、原告は、麹町税務署長の調査の時点において、支出の事実を証する領収証等の資料を提出しないので、本件更正処分に明白な瑕疵は存しない。

3 立退料について

請求原因二3の事実中、本件建物取毀及び本件土地の売却の経緯、原告が取毀の際に本件建物に居住していた菊川きくに対して、一、〇五〇、〇〇〇円、関口稔に対して一、四〇〇、〇〇〇円の立退料を支払ったことは認め、その余の事実は否認する。

税務署長は、調査ないし再調査によって新たな事実が判明し、その事実に基づいて先の更正または決定額が過大または過少であることを知ったときは、課税標準または税額等の更正をさらになし得るのである(国税通則法二四条、二六条参照)から、麹町税務署長が調査ないし再調査の結果、更正処分をしたことが信義に反するものでないことは明らかである。

のみならず昭和四三年一〇月における同署長の調査にあたって、原告から菱美建設及び日刊テレビに対する賃貸借の存在並びに立退料の支払を証する証憑書類の提示は全くなかったので、同署長において立退料支払の事実を否認したものであって、本件更正処分には外形上客観的に誤認が明白に存するものではないので原告の主張は失当である。

4 支払利息について

請求原因二4の事実中、原告が昭和三六年一月三一日朝日土地建物株式会社から主張どおりの金額、利率で金員を借り入れたことは認め、その余の事実は否認する。

右借入金のうち本件土地建物を取得するために支出した金額は次のとおりである。

(イ) 商工組合中央金庫に対する抵当債務の弁済金 一九、二四五、〇〇〇円

(ロ) 布施不動産株式会社に対する立替金の弁済金 四、〇〇〇、〇〇〇円

(ハ) 登記関係費用 九一五、四六五円

以上合計二四、一六〇、四六五円に対する借入の日から駐車場賃貸業開業の日までの期間(七六九日)に対応する利息相当額である五、五七三、七一二円が、本件土地の譲渡収入から控除されるべき取得費である。

原告は、右借入金のうち二四、一六〇、四六五円を超える金員が本件土地建物を取得するために支払われたものとするに足りる証拠を提出しないので、本件更正処分に外形上客観的に誤認が明白であるとはいえず、原告の主張は失当である。

第三証拠

一  原告

1  甲第一ないし第六号証、第七号証の一ないし三、第八号証

2  証人槇本閑、岡部英彦、原告本人

3  乙第四号証の成立は認め、その余の乙号各証の成立は知らない。

二  被告

1  乙第一ないし第七号証

2  証人高須英治、萩谷修一、高木秀男、関根正、鈴木茂男

3  甲第六、第八号証の成立は認め、その余の甲号各証の成立は知らない。

理由

一  請求原因一の事実(本件更正処分の経緯)及び本件更正処分の根拠のうち本件土地に係る譲渡所得の譲渡収入金額から控除すべき取得費(取得代価、支払利息、立退料)を除く事実は当事者間に争いがない。

そこで以下右各争点について順次判断する。

二  本件土地の取得代価について

原告が井尻歯科の監査役であったこと、同会社は、昭和三三年一一月一一日債務超過を原因として解散したこと、同会社は別紙六のとおり合計七七、六九九、一七二円の債務を負担し、本件土地建物に抵当権等(極度額等九〇、〇〇〇、〇〇〇円)を設定していたこと、原告が同別紙支払額欄記載のとおり合計二九、八八一、二八七円の代位弁済をしたこと及び昭和三六年一月三一日右井尻歯科から本件土地建物の所有権を取得したことは当事者間に争いがない。

証人高須英治、萩谷修一、高木秀男の各証言によれば、原告が、本件土地建物を取得するにあたって支出した金額は、本件土地建物の抵当権者等に対して、抵当権等を抹消するために支払った二四、九一九、五五七円、原告において物上保証として提供していた原告所有の不動産の抵当権者に対して、右抵当権を抹消するために支払った四、九〇〇、〇〇〇円及び国税債権に係る差押債権者である国に対して支払った六一、七三〇円の合計額二九、八八一、二八七円であり、原告は右金額を支払った後に、本件土地建物の所有権を取得したことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

前記争いない事実及び右認定事実に照らすならば、原告と井尻歯科との間において、原告が代位弁済したことにより発生した求償債権の支払にかえて、本件土地建物を井尻歯科から取得する旨の約定をなしたものであって、右求償債権の金額は前示二九、八八一、二八七円であると認められるので、譲渡所得の金額の計算上控除すべき取得代価は、右同額と解するのが相当である。

原告は、井尻歯科が担保権者等に負担していた債務は七七、六九九、一七二円、その他の債権者に負担していた債務は八〇、〇〇〇、〇〇〇円であって、本件土地建物を取得するにあたり、右全額の債務引受を行なったものであり、また原告において代位弁済をしたのは九〇、〇〇〇、〇〇〇円を下らないのであるから、本件土地の取得代価は九〇、〇〇〇、〇〇〇円と解すべきであると主張する。

そして、証人岡部英彦及び原告本人は右主張に沿った供述をするけれども、いずれも具体性に乏しく採用の限りではなく、その他原告が債権者らに前示二九、八八一、二八七円を超えて代位弁済したことを認めるに足りる的確な証拠はないので、麹町税務署長の認定に重大明白な瑕疵が存するとする原告の主張は理由がない。

三  立退料について

原告が昭和三八年に本件建物の占有者である菊川きく及び関口稔に立退料として合計二、四五〇、〇〇〇円支払ったことは当事者間に争いはない。

原告は、右金額の他に菱美建設に対して七、〇〇〇、〇〇〇円、日刊テレビに対し五、〇〇〇、〇〇〇円支払った旨主張する。

証人高木秀男の証言により成立の認められる乙第三、第六号証、鈴木茂男の証言により成立の認められる乙第二、第七号証、証人萩谷修一、高木秀男、関根正の各証言を総合すると以下の事実、即ち、菱美建設及び日刊テレビのいずれに関しても、賃貸借契約書も家賃の領収書も存在しないのみならず、本件建物に入居して営業を行なっていた形跡もなく、また原告は麹町税務署係官或は審査請求担当官に対して立退料の支払を証する領収書等を提出していないことが認められる。

そうすると、原告は本件建物の取毀のため菱美建設、日刊テレビのいずれにも原告主張の立退料を支払ったものとは認めがたいというべきである。

原告は、原告において菱美建設に一二、〇〇〇、〇〇〇円支払った金員のうち七、〇〇〇、〇〇〇円が立退料に相当する旨供述するけれども、右供述は立退料の算定根拠についても瞹味であって、前示認定に照して採用できない。

また原告は、菱美建設及び日刊テレビに対する立退料に関して、麹町税務署長は昭和四〇年一一月二七日付の原告の昭和三九年分の所得税に係る更正処分においては認容していたにもかかわらず、本件更正処分において否認するのは信義に反するものであって許されない旨主張する。

しかしながら、税務署長は、申告書に記載された課税標準または税額が調査したところと異なるときは、調査により更正処分をすることができ(国税通則法二四条参照)、前示のとおり原告が立退料を支払ったものと認めることはできないものであるから、本件更正処分が信義に反するものとする原告の主張は失当に帰する。

四  支払利息について

原告が昭和三六年一月三一日朝日土地建物から五〇、〇〇〇、〇〇〇円を日歩三銭の利率で借入れたことは当事者間に争いはない。

証人高須英治、萩谷修一、高木秀男の各証言及び弁論の全趣旨によれば原告が朝日土地建物から借受けた金員のうち本件土地建物を取得するために支出した金額は二四、一六〇、四六五円であることが認められる。

原告は朝日土地建物からの借入金全額が本件土地建物を取得するために支出された旨主張するけれども、右支出の経緯について何ら具体的な主張がないのみならず、本件全証拠によるも、前示認定金額を超える金員が、本件土地建物を取得するために支出されたことを認めることはできないので、原告の主張は失当である。

そうすると、右二四、一六〇、四六五円に対する借入の日から駐車場賃貸業開業の日までの期間である七六九日(右日数については当事者間に争いはない。)に対応する利息相当額である五、五七三、七一二円が、本件土地の譲渡収入から控除されるべき取得費であるとした本件更正処分に瑕疵は存せず、原告の主張は理由がない。

五  そうとすると麹町税務署長のなした本件更正処分には、処分を無効とする瑕疵はなく、従ってこれを前提とする原告の本訴請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安部剛 裁判官 山下薫 裁判官 飯村敏明)

別紙一

〈省略〉

別紙二

東京都中央区京橋二丁目一三番一一

一 宅地 三〇五・四五平方メートル(九二坪四合)

同所同番地同番 家屋番号 同町二〇四番

一 鉄筋コンクリート造陸屋根塔屋付三階建店舗一棟

床面積一階六〇坪七一、二階五五坪二一、三階三八坪八八、塔屋一坪〇〇

別紙三

〈省略〉

別紙四

〈省略〉

別紙五

〈省略〉

別紙六

〈省略〉

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